【キャラット7月号】小説とライトノベルと漫画と「メールブルーの旅人」【感想】
mac book pro買っちった。
以下が目次です。
22年7月号『まんがタイムきららキャラット』
特に深いことを書きたいってわけではありませんが、なんとなく書きたくなったので書きます。
なんか文句ありますか?
小説と漫画の大きな違い
ここから前置き。
いきなりですが漫画と小説の一番の違いはなんだと思いますか?
まあこの辺は誰でも分かることですしわざわざ論ずることでもないでしょう。
それでは小説とライトノベルの違いはなんだと思いますか?
この辺の線引きが曖昧な人は結構数いるように思います。
実は小説とライトノベルとには決定的に違う点があります。
しかしその点は人によって捉え方が曖昧なので結果的に多くの人は小説とライトノベルの分別がつかないのです。
じゃあその「決定的に違う、けれど人によって線引きが違う」小説とライトノベルの違いはなんなのでしょうか。
答えは簡単。
会話文の多さです。
会話分が多い方が本は読みやすくなるのです。
この理屈を突き詰めたものがが漫画とも言えます。
説明文や語り手の文をすべて絵に置き換え、作中に出てくる文字は基本すべてキャラクターのセリフや心情のみ。
つまり、
小説 < ライトノベル < 漫画
の順で読みやすくなり、つまり解釈の捉え方にも差が出てくるようになります。
これは本を読む人の知識量や読解力の差が顕著に出てくるからです。
はい、ここまでが前置きです。
本題行きます。
メールブルーの旅人
22年3月号にゲスト1作目が載り、先月号の22年6月号から連載が始まった漫画です。
ゲスト1話目の時点で相当な異色作だと思いましたが、連載化したということは読者からも一定数表を集めていたということですし、それならおそらく打ち切られるようなことも多分ないでしょう。
絵柄だけでアンケートを集められるような漫画でもないですし(失礼な意見)。
とにかく「メールブルーの旅人」は読んで面白い漫画ということです。
それでここでいう「面白さ」というのが一体どこからくるのかを考えて、考えついた結果が先ほど長々と書いた前置きの内容に繋がるのです。
「漫画」として面白い
先ほどの前置きにて、”文章を極力絵に置き換えたものが漫画”であること、というかそれに近しいことを書いていました。
文章だけでは表現できないものを絵も併せて表現しようとしたものを漫画と言い、その表現がうまくできている漫画を良い漫画だとするなら「メールブルーの旅人」は間違いなく良い漫画でしょう。
それが先月号に載った4話と今月号の5話を読んで思った感想です。
漫画という媒体での表現のうまさがこの漫画の面白さに繋がっているのだろうと思ったのです。
これを書きたかった。
あと基本コンセプトがぶれなさそうなのが凄いなぁとも思います。
基本的に読み切りっぽい形式でどこから入っても面白く読める漫画かと思います。
ゲスト連載から連載化一発目は”ダレる”イメージが・・・
これまでゲスト連載から連載化まで進んだ漫画の4話目を読んで思っていたことなのですが、どうも4話目ってゲスト連載時にはあった勢いが無くなるような気がします。
多分ゲスト連載前、掲載分のネームを描くときに、その漫画で描きたいことを描き切っているんじゃないのか、と思うのです。
4話目があるかどうかはわかりませんし。
だからいざ4話目を描くぞってときに前3話の勢いを引っ張れずに少し落ち着く感じの4話目になるんじゃないのかな、と。
この点に関しては「メールブルーの旅人」はもちろん「ばっどがーる」でもそういう落ち着きみたいなものは感じず、ゲスト連載時の勢いを持続できているように思います。
まとめ
今回の記事は前々から思っていた「メールブルーの旅人」の感想を書きたかったというのもありますが、新しく(中古で)買ったmac book proの極薄キーボードを試し打ちしたかったから、というのもあります。
薄いキーボードって打ちにくいイメージがありましたが(ミスタイプしやすいイメージ)、あまり打ちにくさは感じませんねぇ。
打鍵感はあんまし良くないですけど。
キーの一つ一つがそれなりに大きいからでしょうか。
使ってみないことには分からないモンなんですね。