【徒然】私にとっての『漫画家』とはって話

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徒然なるままに
1mrnoname.hatenablog.jp

ちょっと書きたいことができたので再び日記的な記事の方を1つ。

 

アルバム3枚買った

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3月にAfter glowのアルバム、5月にパスパレのアルバム、そして今月7月にハロハピのアルバム「にこにこねくと!」が発売されまして。

そのすべてを私はアニメイトの同一店で買ったので「アルバム3タイトル連動購入特典CD」を頂きました。

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このCDのイラストはモノによって変わるのでしょうか?

というかなんでイラストは今回発売されたアルバムと一切関係ないイラストになっているのでしょう。

ここまで連動感というか、特典感のない特典もなかなか珍しいのでは?

大切なのはガワじゃなくて内容なのはまず間違いないので気にするような事ではありませんが。

という感想を書いている時点で心内の不満がにじみ出ているようですが・・・。

ここまでは雑談です。

 

私にとっての『漫画家』とは

ここからが本題。

現在進行形であれ、過去形であれ、もしくは未来形でも構いませんが、誰だって生涯に1冊くらいは夢中になって読む本とか漫画があると思うんです。

それで、ここから先が素朴な疑問なのですが、

こうして自分が読んでいる間にもこの本を書いた先生がこの国のどこかでまた本を書いているんだよなぁ

とか考えたことあります?

私はね、こういうのが結構あります。

これって考えの内容自体は特別不思議な事ではないと思うんです。

でもこれって実際に考えてみると分かる事なのですが、結構現実味が沸かないんですよね。

自分の中で作家という職業が少し神格化されてきているような感じがしています。

もちろん漫画家も然りです。

なんというか、どこか遠い存在に感じると言いますか。

 

まんがタイムきらら展で何人かの漫画家さんがサイン会をやっていましたよね。

別にきらら展に限らずですが。

そういうイベントには一応、好奇心に負けて応募こそしますが、当たって欲しい気持ちと当たって欲しくない気持ちを比率で表すと大体、

3 : 7

といったところでしょうか。

当たって欲しい気持ちが3割で当たって欲しくない気持ちが7割。

好きな漫画があって、その漫画の作者に会える機会があるのなら是非とも会ってみたい気持ちもあるけれど、実際に会ってしまったらその瞬間に自分の中でその漫画家の存在位置が決定的に変わってしまうような、そんな感じが常にしています。

タネがあると知りながら見せられたトリックに魅せられたような。

タネがあることは知っている。

でもそのタネを知ってしまったら魅せられたトリックがどうしようもなくチープに感じてしまう。

そんな感じでしょうか。

 

これって例えば伊藤いづも先生だとか蒼樹うめ先生だとか、そういうきららを知っていなくても名前くらいは知っている人が多数いるであろう、有名な漫画家は当然として、それ以外でも例えばモトカズ先生だとかゆうきそにすけ先生とか日芽けい先生だとかみやまき先生だとか。

有名じゃないと言ったら失礼ですが、先に挙げた漫画家に比べれば狭い世界で活躍している漫画家でも同じことです。

ちなみにカエルDX先生はちょっと別格かも。

あの人は『漫画家』というよりも『同じ穴の狢』って感じがします。 

 

で、結局なにが言いたいのかと言うと・・・。

なにが言いたいんでしょうね、自分は。

長々と書いていれば結論が導けると思い、ゴールもないままに書いていました。

 

ゴールとはすなわちタイトルにもある私にとっての『漫画家』という存在についてです。

どういう存在なのかを言葉で書き示すことは難しかったので今度動画にでもしてみようかと思います。

同じ様に考えもなしにぺちゃくちゃしゃべっていれば案外あっさり答えが見つかるかも。

いや撮らないんだけどさ。